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かわら長介コラム 「たくらだ堂」

当塾は、放送作家の在り方を考え、自らに放送作家の資質を問う場所である。間違っても放送作家の技術を学ぶところではない。

要するに、問題は放送作家の現在なのである。今、多くの放送作家と呼ばれる人々は下請けか、便利屋か、職人か、さもなくば物を創るということを忘れた技術屋でしかない。

卑しくも、放送作家自身が自らをそう呼ぶならば、彼は物を創っている人、つまり「作家」でなくてはならない。作家であること、それは彼が作ったものが彼の自己表現になっていると言うことである。放送作家の作る物は番組であるから、番組の中に自身の主張や、感性が注入されていると言うことである。

放送作家がそういう地平に立つ。そのことが放送作家と言う仕事の意義を深め、また、より優れた番組を生み出していく原動力になることを信じて、私達は、ひとりでも多くの「創造する放送作家」を生み出そうとこの塾を始めたのである。

2004年 吉日 かわら長介


本名 : 長川原 繁 (ながかわはら しげる)
1949年11月13日、岐阜県生まれ。
義務教育と、高校生活を出身地である、岐阜県益田郡萩原町で終え、18歳でサラリーマンとなる。
その二年半後、1970年万国博で賑わう大阪を後にし、自宅にて大学を目指す浪人生となる。

翌年春、21歳。半年の浪人生活を経て、岐阜大学教育学部国語学科に合格。
大学では、「体操部」 「軽音楽部」 「落語研究会」 に席を置き、他方、「三里塚」「沖縄返還」「中教審問題」などの社会的課題に目をやりつつ、キャンパスライフを謳歌。

而して、5年後の1976年3月、大学在学のまま結婚、同時にお笑い作家を夢見て再び上阪。東大阪に仮住まいする。
来阪後、すぐに雑誌 『上方芸能 』の編集員となるとともに、大学時代の知人の世話により、人生幸朗師、青芝フック師の支援、薫陶を得て、多くの漫才師の台本を書くこととなる。現在までに書いた台本は、漫才500本、コント1000本を数える。

やがて、1980年日本中を席巻した漫才ブームが起こり、以降、テレビなどの構成の仕事が中心となり、今日に至り、お笑い作家生活30年目を迎える。(2005年現在)





ローリングポップス 突然ガバチョ! 夜はクネクネ
ダウタウンのごっつええ感じ ダウンタウンDX 痛快!明石家電視台
4時ですよーだ マジすかっ! 鶴瓶と花の女子大生
スクープ一直線 ナイトinナイト ダウンタウンの・・・!?
すんげぇベスト10 テレビ広辞苑 ムイミダス
暴ロンブー 明石家多国籍軍 わらいのじかん
MBSオールザッツ漫才 ABC新人お笑いグランプリ

など150本あまり。この他、自主制作、興行により、自作の芝居を約10本主催する。
そして現在に至る。




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